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藤原暹著『江戸時代における「科学的自然観」の研究』(6)

 第二章第二節第二項では、鶴峯戊申の天文究理学を考察しています。戊申の『天柱』や『究理或問』には古伝説をもって西洋説を解釈する傾向があり、志筑忠雄の『暦象新書』や青地林宗の『気海観瀾』からの「引力」「分子」「視動」「空気」等の科学言語と古訓に見出される自然言語の重層的性格として表われました。

こうした二重性格は一つには西洋科学の成果である諸説は我古伝たる自然言語に明示されるという単なる形体論の説明の比較ということと共に、古伝たる自然言語の背後に有している「神」「精神」「霊魂」といった概念を当然伴ってくることになる。……ここに戊申の究理学においては、常に「然る所以の理」として「神」が考究されるのである。(94頁)

 さらに附節では、戸田通元の『天経或問口受録 天文学心得之事並地震神考』にも「完全に科学言語の世界に転化できない状況」を「神」「霊魂」「精神」と捉える神学的自然観が示されていると指摘しています。