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一関市博物館企画展「『言海』誕生120周年 ことばの海――国語学者 大槻文彦の足跡」


 一関市博物館の第18回企画展「『言海』誕生120周年 ことばの海――国語学者 大槻文彦の足跡」(会期7月30日〜9月11日)を拝観しました。
 幕末の開国後、近代化の一環として言語の分野では「国語」という概念が生まれ、その確立に向けてのたゆまぬ努力により成し遂げられたのが、大槻文彦による日本初の近代的国語辞書『言海』の編纂です。
 一関は大槻家の父祖の地であり、文彦は祖父玄沢、父磐渓とともに「大槻三賢人」として市民の尊敬を集めており、今回の企画展は新資料を基に幕末から昭和初めまで、国語の確立に心血を注いだ大槻文彦の生涯をたどるものです。
 5部構成になっており、「大槻家の系譜」では遠祖の葛西清重や一関、仙台、江戸で活躍した大槻家について、「英学修得の時代」では文彦の英学修業と仙台藩士として戊辰戦争に直面した時期、「『言海』を作る」では国語辞書と文法の確立を目指して「ことばの海」と格闘した姿、「国語調査委員会委員として」では標準語の確立に努めた足跡、「『大言海』編纂に挑む」では66歳にして2度目の国語辞書づくりに没頭した大正・昭和初期について、合計約90点の資料を通して紹介しています。
 展示資料の中に、文彦の詠んだ歌の短冊が二つありましたので紹介します。(原資料に濁点を加え、踊り字は仮名に置き換えました)
 一つは慶応2年(1866)、横浜で初めてアメリカ人バラーから英語を学んだときの一首です。

   述懐   
 蟹文字を まねぶ身にしも 葦原の 道のひとすぢ ふまむとぞ思ふ
                            文彦

 もう一つは、明治32年(1899)に文学博士の学位を受けた際に詠んだものです。

   学位を受領して
 つかのきの いやつぎつぎに 生ひきにし 槻のほつ枝の 枯れずもあるかな
                            文彦

 いずれの歌からも、日本の文化や大槻家の父祖を尊ぶ精神が拝察されるように思いました。
 短時間ではありましたが本日拝観の機会に恵まれたことは率直に嬉しく、また感銘深い展示でした。購入した図録も折々に繙読したいと思います。