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W. G. アストン『神道』について(13)


 第八章では「人間神」を「個人を神として祀ること」(タケミナカタノ神、八幡、天満宮)、「団体の神」(日の女神補佐の神、中臣家の祖兒屋命、太玉、ウズメ、石凝姥命、豊玉、事代主、少彦名)、「人間的性質を抽象してこしらへた神」(塞の神、鬼、幸運の神・悪運の神)の三節に別けて取り上げています。
 このうち、「天満宮」で次のように述べています。

 日本人が孔子釈尊をもつとめるが、もし自国の神を文学の神に祭ることをしなかつたならば、此の釈尊が大に盛になつて居るだらう。道真に自然的威力を附加して居るのは、神に崇める行為中実質的部分であることが察しられる。其の人を神とする経路は感謝と恐怖とのかはるがはる影響した結果に基いてゐるものである。(『日本神道論』、二三三頁)