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佐藤一伯『世界の中の神道』

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 このたび、拙著『世界の中の神道』(錦正社叢書3、四六判、96頁)を上梓しました。
 恩師の藤原暹(ふじわら・のぼる)先生(昭和8年10月11日~平成21年7月14日)は、古稀を記念して創設した日本学研究会の機関誌『日本学研究』第2号(平成16年)に「『日本学』へのアプローチ」を寄稿し、次のように問題提起しました。

 明治四年に国家事業として大規模な海外視察・岩倉米欧使節団が出発し、明治六年に帰国した。これは近代国家を目指す日本政府派遣の公的な海外視察(観察)であった。彼らが帰国する明治六年には既にそれまで海外学術事業を学んだ人達によって新しい学術を紹介・啓蒙する「明六社」が結成された。その学術発表機関誌として『明六雑誌』が発刊された。
 ところが、その前年に来日欧米人の日本学術研究の「日本亜細亜協会」が結成されていた。学術をめぐる歴史的事象として、この内外のほぼ同時的な現象はその後の新たな日本の学問の形を形成する上で重要な意味をもつ事になったのではなかろうか。

 藤原先生はまた、明六社に先駆けた欧米人による日本アジア協会の活動に、近代の「日本学」の形成を求める立場を示した日本思想史学者の村岡典嗣の論文「日本学者としての故チャンブレン教授」(『続日本思想史研究』岩波書店、昭和14年)に、「『日本学へのアプローチ』の原点を置く事は妥当な事であろう」とも述べています。
 筆者は藤原先生より、岩手大学在学当時(昭和62年4月~平成3年3月)から平成21年7月に逝去されるまで、20年以上にわたり直々のご指導ご鞭撻を賜りました。とくに晩年のこのような洞察に導かれて、日本アジア協会で活躍したW・G・アストンや新渡戸稲造、加藤玄智の神道論について拙稿を発表してきました。その成果をもとにした本書は、藤原先生の日本学の視点を再確認し、推し進める側面を持っているように思われます。

 本書の目次は次の通りです。

まえがき
第一章 世界の中の神道
 一 初詣の意義―明治改暦と日本の正月―
 二 平和と生活の道―GHQの神道観―
 三 農業国民の宗教―W・G・アストンの神道観―
 四 サムライの心―新渡戸稲造神道観―
第二章 明治の聖徳
 五 明治維新と「五箇条の御誓文」
 六 明治天皇の「教育勅語
 七 昭憲皇太后の坤徳と「金剛石」
 八 明治神宮の源流としての聖徳
 九 明治の聖徳とインスピレーション
第三章 神社と崇敬
 十  近代東京の神社創建と慰霊・顕彰・崇敬―明治神宮と靖國神社―
 十一 明治・大正の招魂社案内記―靖國神社・護國神社の由緒と文芸―
 十二 加藤玄智の神道研究に学ぶ―戦後の著述を中心に―
 十三 御嶽山御嶽神明社と岩手神明講
あとがき

 第一章「世界の中の神道」では、W・G・アストンや新渡戸稲造など、近代の日本学者の神道論を中心に紹介しています。
 第二章「明治の聖徳」では、筆者が平成6年4月より平成21年3月まで奉職させていただいた、明治神宮の御祭神明治天皇昭憲皇太后の聖徳のうち、「五箇条の御誓文」、「教育勅語」、唱歌「金剛石」など、近代の神道の教えとして重要なものを中心に解説しています。
 第三章「神社と崇敬」では、國學院大學研究開発推進センター(阪本是丸センター長)の慰霊と追悼研究会や研究紀要に発表した内容をもとに、明治神宮、靖國神社、護國神社、および現在筆者が奉職する御嶽山御嶽神明社など、近代に創建ないし再興した神社を中心に述べています。

 本書に収められた文章が、神道の理解に少しでも役立つことが出来ましたら、幸甚これに過ぎるものはありません。 

 なお、本書の売り上げの一部は、「東日本大震災復興応援」および「御嶽山支援」の義捐金として「おんたけさん友だちネット」事業に寄附されます。

 また、出版社のご提案で表紙に採用した納戸色(グリニッシュグレイ)は、岩手県旗の地色にちなんでいます。

 ご高配をいただきました、株式会社錦正社の中藤正道社長に改めて厚く御礼を申し上げます。


世界の中の神道 | 株式会社 錦正社

世界の中の神道 (錦正社叢書)

世界の中の神道 (錦正社叢書)