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盛岡市先人記念館「新渡戸稲造記念室」

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 岩手県神社庁の会議や研修に出席するため、2月25日(木)・26日(金)と盛岡市に滞在し、空き時間に盛岡市先人記念館を拝観しました。

 明治期以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人を紹介するこの施設には、新渡戸稲造記念室、米内光政記念室、金田一京助記念室、総合展示室があります。

 このうち、新渡戸稲造記念室には、生涯を『太平洋の架け橋』になろうと国際交流につくした新渡戸稲造の足跡とその業績を、「国際人として」「教育者として」「留学時代とキリスト教」「武士道の心」「私人として」「公人として」「遺品・遺墨」の7項目によって展示しています。

 今回、とくに目にとまった資料が2つありました。

 そのひとつ、明治10年(1877)8月に、母せき(勢喜)が稲造に宛てた手紙に、次の一首が詠まれています。

老松の 千代も八千代と

榮なば みどりも

さかへ 八重も八千代と

 母せきが、稲造の活躍を祈って詠んだ一首のようですが、親が子を思う心をこえて、緑豊かな郷土の発展に思いを寄せることのできる歌のように思います。

 もうひとつは、「出雲大社に詣でて」と題した次の和歌の自筆短冊です。

惟神(かんながら)道一筋に進まんと

思ふ心は神ぞ知るらん  稲造

 新渡戸稲造キリスト教徒ですが、神道に深い崇敬を寄せていたことがこの一首からもうかがうことができるように思われます。このことに興味のある方は、拙著『世界の中の神道』(錦正社、平成26年)をご覧いただければ幸いです。

 また、青森県十和田市の新渡戸記念館をはじめ、全国の新渡戸稲造ゆかりの地を紹介する地図が展示されていました。

 千田順一館長は『盛岡市先人記念館だより』55号(平成27年9月1日)の「新渡戸の『武士道』世間の武士道」において、

 昨今、「サムライ」「武士道」という言葉をメディアで多く耳にする。「サムライ○○」といったネーミングの発想には武勇の面ばかりに着目した印象を受ける。サムライにはサムライの振る舞いがあり、品性が備わっているものであることをどこかへ置き去りにしたような感じがするのである。新渡戸の『武士道』と世間の武士道との違いということになるのであろう。

と述べ、多くの人が『武士道』を手にとることを願っています。

 この提言に加え、全国各地、とくに岩手・青森など東北地方にある新渡戸稲造や新渡戸氏ゆかりの地を訪ね、武士道を培った歴史と文化を学ぶことが大切ではないかと思います。

www.mfca.jp

www.nitobe.jp

世界の中の神道 (錦正社叢書)

世界の中の神道 (錦正社叢書)