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民の竈:仁徳の帝王

たかき屋に登りて見れば煙たつたみのかまどは賑ひにけり/およそ政治というものの要諦は右の一首の歌に尽きている。古今東西を通じて謬らざる政治の理想と学説と実行とが右の一首の歌に残るところなく、咏み尽されていると見ることが出来る。……「民の竈」というのは上っつらの好景気不景気でもなく、また情実因縁によって時めいたり、時めかなかったりするということでもなく、天下の政権がどっちへどう転がろうとても敢て関係のない、……古史には仁徳の帝王が三年の租税を免ぜられて、而して後に尚「民の竈」の余裕を慮り給い、また三年免税のことがあって、而して後に盛んなる民の竈の賑いをみそなわし「民の富は朕の富」といわれたとのことが記されてある。何という偉大なる抑遜! これこそ真に帝王の心である、政治の極意である。固より今の時代は古えの如く単純には行くまいけれど、その心は万古変ることのあるべしとは思われない。」(中里介山『信仰と人生』)