藤原先生近況2008.10(2)
10月22日 昨日の石川桜所の件で南氏にコピーを送った。併せて、小生の旧論文冊子を参考までに同封した。なお、現在、小生は桜所ゆかりの人達の再調査をしていて、特に高松凌雲や彼とパリ万博に同行した山内六三郎を中心に上記論文の増補を進めている。意外な事実も出て来ているのであるが…。原稿完成にはしばらく時間がかかろう。
10月24日 国際神道文化研究所より『神国 創刊号』が届く。予想にたがわず内容も装丁も立派な出来栄えであった。 佐藤君や今泉さんの健闘に拍手したい。おめでとう。いずれ、何等かの形で合評会を兼ねて会合を開きたいと思っている。
10月27日 新宿にて、旧制矢掛中学校の同窓の森脇宏氏・土悟氏と三人で懇談した。この学年は一年後、旧制から新制へ転換した時代を体験している。四方山話しの中で、今回の報告に関係する事項のみ記しておきたい。
木山孝子さんの先日の新藤兼人監督作品「花は散れども…」の話題になった。この三人は (旧姓松田)孝子さんの事はよく知っているが、 特に森脇氏は高校時代のクラブ活動で図書委員として活動した思い出も深かったようである。 是非、映画を観たいと思っていたのだと。話題は拡がってその他に木山さんの便りには永井健子・雪の進軍の話もあったのだと話した。急に森脇氏は森脇君の顔になって、実は僕は「雪の進軍」も「元寇」もよく知っているのだという。九段会館でね、年に春と夏の二回ある会があるのだ。その会は旧軍人の方や軍楽隊関係の人達が集って、軍歌などを演奏しているのだ。彼はそれを聞いて感激したと言う。勿論、雪の進軍や元寇も入っていたよ。たしか700人位の人達が集まっていたと思うと。さらに、自分の別荘が羽村にあると言い出した。羽村と言えば、小生も何度も訪ねた所だが。どうしてと聞くから、中里介山の論文を書くために何度も行ったのだ、博物館や中里介山 の お墓、多摩川源流から玉川上水への取水堰にもよく行った事を伝えた。貴君はこうした事に興味があるのですか。小生の書いた物を送ろうか。なお、彼は映画『大菩薩峠』に感動したのだとも語った。話はつきなかったが、再会を約して2時に別れた。